


「北海道羊蹄山(ようていざん)高原の澄んだ空気、美味しい水、豊富なカルシウムを含んだ肥沃な大地、そして昼夜の寒暖の差が美味しい野菜を育ててくれるんだよ。」と吉田氏は話し始めました。
吉田氏は、幼少の頃、用水路に落ちて流されたことがあったそうですが、運良く雪かきをしている人のスコップに引っかかって生き残ることができたそうです。
「子供時代、決して豊かといえる状況ではありませんでしたが、それでも父は倶知安の高校へ通学させてくれました。その当時、小遣い銭を稼ぐためにパン屋さんへ交渉をして1個10円のパンの注文を構内でまとめて取り、マージンをもらって飢えをしのぐことも度々でした。また3時間かけてダンプカーへ1袋40kgの砂袋を600個積み込むアルバイトもしました。”やろうと思えば何でも出来るものです。”」
と淡々とお話して下さいましたが、言う程簡単な事でないのは勿論です。
吉田氏にとって、これらの事は大事な人生経験として心の中にあると同時に、現在のご自身の心の内であり、生き方なのかもしれません。
28歳から農業を始めて29歳で結婚したその年の10月に父上が逝去されてしまい、何も分からないまま三代目を引き継いで以来、無我夢中で今日まで来られたそうです。
農業に携わる前は22歳から豚を飼い、1年間で400頭から1000頭にまで増やしたとも。
昭和52年~54年には男爵イモを作っていた延べ面積10町歩の畑に消石灰を撒いて、ほうれん草に最適のPH6.5度の土にし、PBでダイエーさん用にほうれん草を作りました。
昭和59年頃には「ほくれん」を脱退し、独自の市場を開拓してきました。
また、九州でほうれん草の飼育指導をしたことがあります。農薬の少なくて済む有機農法にしてイモの連作をするのに土地を痩せさせない年数を考えたたり、甘くて美味しいトウモロコシやホワイトアスパラガスを作る方法はと、本当に長年、色々なことをやってきました。
でも一番大事なことは取引先も、作物を入れるダンボールを収めてくれる会社も、とにかく浮気をせずに同じ業者さんと長いお付き合いをしてお互いの信頼を高めることに尽きます。
土地も同じで農薬や除草剤、消毒剤等にばかり頼ることをせず、有機農法でやりぬく根性を鍛えることです。
勤勉に土地を耕し、有機農法で農業をやれば、土地は50年間痛みません。
「環境に優しい農業は、人にも優しく、そして大地の恵である美味しい作物を収穫することができる。」と熱い思いを語ってくれた吉田さん、これからも厳しい環境の中、体を労わりながら頑張って下さい。
お忙しい中、色々なお話をして下さり、本当にありがとうございました。
心より感謝申し上げます。